L'Aleta dels Bordegassos









Aleta (アレタ) の第 1 版は 1980 年のサン ジョルディの日に発行されました。 誌面は 6 か月前に達成した 4 x 8 の興奮に満ち満ちていました。元々、チームを組織としてより大きなものにするために始まった取り組みであり、チーム誌により組織の完成度が上がることも期待されました。ところが、第 1 版のアレタの裏表紙に書かれた「可能な限り毎月発行する」という当初の希望的予測が継続されることはありませんでした。それでも 80 年には 5 誌が刊行されます。そして翌年、とうとうアレタが発行されることはありませんでした。この年が唯一、アレタの発行がまったくない年となります。初期の頃のアレタは構成も単純で、ほぼ「手作り」と言える仕上がりでした。ページ数が 12 ページを上回ることはなく、印刷ではなく、コピーでした。フォーマットも一定ではなく、サイズもまちまちでした。表紙にいたっては手描きで、描き直したことが明らかなもの (おそらくオリジナルは途中で紛失した) もあり、デザインも一貫性がありませんでした。

チーム内報としてアレタ


内容は大まかに分けて 2 つで構成されました。チームについての情報をユーモアたっぷり、特に、ビラノバ人特有の「悪ノリ」とも取れるような内容もありました。一部にはユーモアが行き過ぎて強烈な皮肉となり、ビラノバの他の 2 つのチーム、Colla de Mar (マル、ビラノバに結成されたカステル チーム、後に解散) と Colla Jove (ジョバ、ビラノバに結成されたカステル チーム、後に解散) へそうした皮肉が向かうこともありました。 ライバル関係にあった 3 チームはカステルの演技が行われるプラザで火花を散らしました。カステリェーを運ぶバスでもこんな逸話が残っています。昔話を語らせたらチーム一のジョゼップ アルミラルによれば、86 年、マルとボルデガソスがタラゴナのコンクールに参加するため移動中に、もう一方のチームに遅れを取らないように、2 台のバスまでも競争するように走ったそうです。また、ボルデガソスの場合はアレタでも独自の言い分を展開し、仲間内での読み物として定着しました。当時のチームはまだ若く、それほど大きくもなく、カステリェーとしても思慮深いとは言えず、決して優等生ではありませんでした。ここで特に特筆すべきなのは、当時のアレタはチーム内の読み物としての性格が強く、シーズン中の演技についてのまとめなど真面目な内容は影を潜め、サン ジョルディの日に記念として発行されるようになりました。その後、徐々にこうした風潮は薄れ、情報誌として確立されました。

コピーから印刷された情報誌へ


90 年以降、特に 92 年からアレタの内容に変化が見られます。まだ形式は紙のコピーでしたが、外観は比べものにならないほど手の込んだものとなり、「出版物」としての体裁に近付いてきました。94 年を最後にサン ジョルディの日に発行されていた同誌は廃止され、市の大祭にのみ発行されるようになりました。その翌年、アレタの誌面は刷新されました。この年からアレタは情報誌として編集され、印刷会社で印刷されるようになりました。そして正式の名前が使用されます。「L'Aleta dels Bordegassos」(誌面の内容を変えたこともありましたが、Xiquets de Reus (レウス) もたまたまチーム誌にアレタという名前を付けていたため変更する必要がありました)。この時からアレタは情報誌として生まれ変わりました。上質な紙を使用し、1 年間の演技のまとめ、チームのメンバーや知識人の意見、歴史についての記事で構成されるようになります。チャビエー グエリュが執筆を担当し、後にチャビエーはすべての記事を 1 冊の書籍として発行しました。これらの記事から、新しいデータや事実が浮き彫りになったこともありました。また、チームの外側にも目を向けるようになりました。そこではチームのことだけは取り扱わないという暗黙の了解がありました。誌面が刷新してより真面目な内容を扱うようになってもユーモアが忘れられることはなく、途中数誌では、「La Puta d'Oros informa...」という付録まで付きました。ここではビラノバ人特有のシュール レアリズムと皮肉っぽさが再びさく裂しました (皮肉屋ビラノバ人の本領発揮と言ったところでしょう...)。その後、Aleta dels Bordegassos はシーズンの終わり、年 1 回の発行形式に落ち着きました。目的としてはチームについての情報を市民に提供すること、もう 1 つの目的は、1 年間のカステル シーズンを締めくくり総括することにあります。

チーム誌のデザインは時とともに変化を遂げました。誌面の体裁を刷新した後の数刊では A (アレタの A) の文字を発行ごとに異なる色にするデザインが使用されましたが、最近では左側に黄色のストライプを配し、誌名が垂直に印字されるデザインを使用しています。もう 1 つご紹介したいのは、こうした誌面や名称の刷新があっても版数のナンバリングは第 1 版から続きの番号が使用されていることです。発行初期のわずか数ページしかなかった手作りの誌面でも、同じチーム誌に変わりはないためです。現在では、重ねた版数も 70 版を超え、年に一回、チームの創立記念日 (11 月) に発行されています。アレタの発行にあたってはチームの内外を問わず、多くの方々に支えられていることに対し、この場を借りて、改めて深い感謝の意を表したいと思います。また、アレタ自身が 1972 年のサン ジョルディの日、素晴らしいチーム名「ボルデガソス デ ビラノバ」の元に集い黄土色のユニフォームでチームを立ち上げることにした仲間たちに感謝します。

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